あんまり甘くナメて見てると、反撃されても知らないよ?
「Trick or treat?」
と言われれば、英語は全て「でぃす いず あ ぺん(平仮名発音)」で誤魔化そうとする瀬那にだって、それが何を示す常套句なのかくらいは判る。
眼の前で微かに揺れるのは、淡いピンクが可愛いポッキーが一本。
その向こうの先っぽにあるのは、指じゃ無くてポッキーのイチゴチョコに似た色の愛らしい唇で。
瀬那は困っていた。――心底困っていた。
「ホラホラー、食べないのー? 悪戯しちゃうぞー☆」
口にポッキーを咥えていながら、「よく喋れるなぁ」とこの場合感心するべきか。――否、現実逃避はよそう。
「す、鈴音ぁ…」
情けないが、口から出るのは「勘弁してよ」の懇願で。これじゃ鈴音が自分をナメて見ても仕方ないと、瀬那自身思うのだ。
周りからしてみれば、その意見は一層強かろう。どこの世界に、女の子に押されてタジタジな男の子を「カッコイイ」と見る者が居ようか。
鈴音に大人しく悪戯されるのがある意味一番穏便だが、その「悪戯」のアイテムと思われるモノを見てしまったら、素直に悪戯を受ける気にもなれない。
鈴音の華奢な指には、どこで作られたんだと思ってしまう程真っ赤なチョコ(?)のポッキーがあるのだった。この際、寧ろチョコかどうかすら怪しい。
「……ッ、」
眼の前でフラフラと左右に揺れるポッキー一本。それを「お菓子」だと素直に食べる事が出来たなら。
いくら年中行事に疎い男の子とは言え流石にお祭行事――特に菓子が絡んだ――に敏感なまもりの幼馴染を長年していれば、瀬那だって『ハロウィン』という収穫祭くらい知っている。「とりっく おあ とりーと」の意味も。
だから文字通り、鈴音は年頃の少女らしく収穫祭をお約束に則って楽しんでいるのだ。それくらい瀬那にも判る。微笑ましいし可愛いとも思う。しかし――しかしだ。
「何これイジメ!?」とも思う。相手が好きな女の子であれば瀬那のような性格だと尚更で、素直に「ポッキーゲームだやったぜ☆」と喜べる性格では無かった。
そして――いくら成績と頭が悪いと言っても、瀬那は他人の心理には割と鋭い方で。一見、鈴音がこんなに大胆な真似をしているのは、裏を返せば「セナに出来っこない」と高を括っているからこそだ。
ナメられる事自体は長年苛められていただけに慣れてはいるが、流石に密かに気になっている少女にここまで甘く見られているとなると、瀬那としても面白くない。
周りが面白がっているのを良い事に、兄程では無いがやはり少しお調子者なトコロもある鈴音が少し増長している節もあった。モン太や三兄弟が囃し立てているのが聞こえる。
元々の性格が善良な栗田や雪光辺りは少し同情しているのか苦笑気味ではあるが、それも男として同情されると遣る瀬無い。
少し離れたトコロで、まもりがタオルを手に助け舟を出そうかどうしようか迷っている風なのが視界の隅に映った。しかしその表情は鈴音に対する微笑ましさにほころんでいる。
その近くに我等が悪魔の司令塔。弱みにも至らないのか、脅迫手帳の影も無く彼の眼は手の中の資料に向けられていた。
この場合、ホッとすべきかそれとも男としてガックリすべきか。
鈴音に無邪気に迫られオタオタしている自分の姿が、蛭魔にとっては弱みにもならない――弱みとして扱うにも馬鹿馬鹿しい、最初から「お前に何か出来る訳ねーだろ」と言われているも同然なのだ。
蛭魔には一目も二目もそれ以上も置いている瀬那にとって、いくら怖いくらい頼りにな(り過ぎ)る仲間と言っても彼はある意味『男』として特別だった。
一つ年上の金の髪の悪魔が、王城の進清十郎とは別の意味で瀬那にとっては目標であるから、何と無く歯牙にも掛けてもらえないのは『男』として「まだまだ」だと言外に言われているようで、寂しいような反発したいような、複雑な少年心が頭をもたげる。
瀬那にとって、まもりが姉ならば蛭魔は兄のような存在で。寧ろ第二の父母と言っても良い。
そんな蛭魔を目標に、近付きたいと思うのは彼が『男』として魅力的だからだろうか。対等になりたいのかもしれないが、生憎と瀬那自身、どこまで蛭魔妖一を尊敬しているのか自分でもよく判っていない。また、自分がどれだけ彼を慕っているのかもあまり把握していなかったし、知ったトコロでどうでも良いと無意識に結論付けている。
尊敬するのに理由は要らないと、本能で判っているのか。
「セナ~? こっちが欲しいのかなッ?」
ズイッと差し出されたのは見た目だけなら赤いのが可愛いポッキー。
「……って言うか、鈴音。普通、さっきのセリフってさ、僕が鈴音にお菓子あげなきゃいけないんじゃない…?」
「細かい事は、気にしなーい!」
「否、気にするよ! 気にしようよ! 行事って、そういうお約束が大事なんじゃないかなって思うな!」
「じゃあセナ、何かお菓子持ってるの?」
鈴音に問われ、瀬那は言葉に詰まった。甘味大王なまもりじゃあるまいし、常日頃から菓子を持ち歩く習慣も無い。
こんな時、モン太のようにどこからともかくいつでもバナナが出せたなら。寧ろバナナはお菓子に入るんですか。
残念ながら制服のポケットにもカバンの中にも菓子一つ無い。瀬那は余分なモノを持つのはあまり好きでは無かった。
しかしこんな事なら、明日からは飴玉の一つや二つは持ち歩くべきかもしれない。女の子は甘いモノが大好きだし、疲れた時には甘いモノ、とも言うし。
「それにどうして、鈴音は悪戯まで用意してるのかな…?」
決まってる。面白いからだ。今更問わずとも判る質問を、それでもしたのは単なる時間稼ぎだが、鈴音を始め周りの部員の気を逸らすにはあまりにも間抜けな質問である事は瀬那とて重々承知の上である。
「面白いからに決まってんじゃん☆」
予想通りの無邪気な答えに涙が出そうだ。いろんな意味で。
咥えながら喋るのもいい加減顎が疲れてきたのか、それともただ単に飽きたのか、鈴音は「意気地無し~」と無邪気に笑って口に咥えたピンクのポッキーを、綺麗な赤のポッキーを握っていない方の指でつまもうとした。
……ムカ。
いくら何でも「意気地無し」とはあんまりだ。意気地が無いのはこの際認めよう。相手が咥えたポッキーの端を自分で咥えるなんて芸当、周りの眼が無くても自分には多分出来そうに無い。相手が相手なので尚更だ。
だからと言って、その行為を「出来ない」と見越しているくせに見世物のように衆人環視の前でそれを強要し、出来ないのは充分予測範囲内でありながらそんな事を言うのはちょっと酷いんじゃないだろうか。
大体、外でそんな事しろと強要しているが、実際されたらどうするつもりだ。ここ最近のアメフト部の活躍に人気が上がったのか、部員以外の眼もある。そんな視線の真っ只中、アイシールド21の正体、小早川瀬那がチアリーダーの加えた菓子を咥えろと。――客観的に想像するだけで、顔から火が出そうだ。
それでも鈴音が何気無く発した「意気地無し」発言は、何気無いからこそ普段から温厚な瀬那でも自分の神経を少し逆撫でされた気分になった。瀬那にも男のプライドくらい、少なからずある訳で。
今まさにポッキーをつままんとする鈴音の指がポッキーの端に触れるか否かと言うトコロで、瀬那が持ち前の俊敏さで鈴音の細い手首を拘束した。
「ッ!?」
いきなりの瀬那の行動に驚いた鈴音の口からピンクの菓子が落ちそうになるモノの、それに気付き慌てて唇を閉じ、口からポッキーが落ちるのを阻止する。
その事に気を取られてしまった鈴音は、その間に真っ赤な悪戯を持っていた方の手が、瀬那のもう一本の手に手首ごと拘束されてしまった事に気付けなかった。
気付いた時には、鈴音の両手首は眼の前で狼狽えていたハズの少年に、しっかり握られてしまってからだった。
「――悪いけど、お菓子は無いんだ」
鈴音は眼を丸くして瀬那を見た。先程まで鈴音の勢いに押されタジタジになっていた彼は、すっかりフィールドで走るような顔付きで鈴音を見ていた。
試合中さながらの真剣で射竦めるような強い眼差しが自分を貫いて、眼を逸らす事すら許さないと言われているようで。
「だから、悪戯で良いかな?」
いつもの気弱な笑顔では無く、少し強気な笑み。一応口元は薄く弧を描いているけれど、眼が笑っていないのは明らかで。
「…ッ……、」
顔が熱くなる。周りを意識すれば、周りは周りで瀬那のまさかの反撃に鈴音同様呆気に取られ、しかしその数秒後には意外なモノを見たかのように興奮し、先程とは違う勢いで益々囃し立てた。
それにしても。「お菓子が無いから悪戯する」とは全くおかしな話である。菓子が無いのなら、瀬那はする立場では無くされる立場のハズなのでは。なのに何故、こんな事に。
からかい過ぎたのだろうかと、今更ながらに鈴音は気付いた。――が、時既に遅し。
パキ。
「…!?」
ポキパキ、ポキ。
軽やかな、棒状のクッキーを砕く音が間近に。瀬那の口には自分が咥えた向こうの先端が吸い込まれていて、音はその唇の奥から響いているのだった。
それも瀬那が。鈴音にとっては一番意識する相手が。お菓子のハズが悪戯に。「何これイジメ!?」なんて思っても後の祭り。
不幸中の幸いは、瀬那がポッキーに視線を移し、鈴音を見ていない事だろうか。見られていないのを好機に逃げ出せば良いのに、眼の前で確実に距離が短くなるポッキーと近付いてくる瀬那の顔につい気を取られ、身体が動かない。両手首をしっかり押さえられているのも、動けない原因の一つだった。
どんどん近付いてくる唇はとっくに視界から消え失せ、眼の前には瀬那の鼻と伏せた睫毛くらいしか見えない。要するにそんな至近距離にまで近付いてしまっているのだが、そこで瀬那が伏した眼を鈴音に向けた。
またあの眼で強く見据えられ、今度こそ鈴音は完全に動けなくなってしまった。
充分キスの射程範囲と言っても良い近距離に、囃し立てていた周りも、いつしかつい固唾を呑んで(主に瀬那の勇気ある(?)行動を)見守る姿勢になっているが、それすら鈴音に気付く余裕が無い。
その真摯な眼元が僅かに笑んだかと思った瞬間――、
パ キン ッ
首を捻って咥えたポッキーが折られた。二センチにも満たない距離だったのだと、瀬那の唇から出た折られた先端でやっと判明する。
あって無いような折れた先端を指で口の中に押し込んだ瀬那は、見ていて鈴音が悔しくなる程平然としていた。咀嚼し終えた瀬那がまた鈴音を見、すっかり瀬那の雰囲気に気圧されてしまった鈴音は無意識に身体を竦める。――いつの間にか、すっかり両手首は自由になっているにも関わらず。
「思ったよりあんまり甘くないんだね。てっきり、色同様に凄く甘ったるいのかと思ってたけど。――何かピンクのお菓子って、如何にも女の子らしくて可愛くて、甘そうじゃない?」
ワザとなのか意識していないのか、瀬那は清々しい程にこやかにそう言った。普段のオロオロっぷりがあまりの瀬那の変貌に、見守っていた部員達などは鈴音同様呆気に取られ、瀬那を見詰めるしか無い。
遠くから見ていたまもりでさえポカンとしているのだから、やはり瀬那は滅多にこんな事が出来る性格では無いのだ。なのに何故。
「……お、「お菓子が無いから悪戯」なんて、卑怯よセナ!」
「…「細かい事は、気にしない」――鈴音さっきそう言ったよね、確か」
「~~~~~~~ッ!!」
まさか瀬那に言い負かされる日が来るとは。
チロリ、と唇の端を舐めてポッキーの細かい欠片を舌で回収する瀬那の仕草に、鈴音は更に赤面した。そのポッキーこそ、今まさに鈴音が咥えているイチゴ味の菓子の半分以上の成れの果て。
ほぼ食べられてしまった事すら、今の鈴音にはどうでも良い事だった。寧ろ「食べられるモノなら食べてみろ」とばかりに挑発したのは鈴音自身なのだ。
まさか本当に鈴音のからかいに乗るとは思わなかったからこその悪戯だったのに。まさか瀬那が。あんな事を真顔でするなんて。
「――でも美味しかったよ? …ご馳走様」
ピピピピピピピピッ ピピピピピピピピッ ピピピピピピピピッ
眼の前で小憎たらしい程爽やかに微笑んだ瀬那が鈴音に言ったその瞬間、タイミング良く蛭魔のケータイに設定された休憩時間終了を告げるアラームがグラウンドに鳴り響く。
「…きゅ、休憩終わり!!」
少しだけ焦ったカンジのまもりの声に、ハッと我に返った部員達は、慌ててグラウンドの中央に集合した。瀬那などとっくに蛭魔と先に中央へ集合済みである。あまりに普通のいつもと変わらないその態度に、益々困惑する部員達はそれでも「珍しいモン見た」と思うだけで、途端一瞬でも困惑が吹き飛ぶのだから単純だ。
こんな風に悪戯で返されるなど、鈴音は予想すらしていなかった。「あんまり甘く見てると痛い目見るよ」と、言外に瀬那がわざわざ忠告してくれた事実に気付く余裕すら無く。
「……ズルイよ、馬鹿…」
足に力が入らない。スケートを履いたまま、鈴音はヘタリとベンチに座り込み、からかい過ぎた己の無邪気な所業を思い出すにつれ、そっと反省したのだった。
やり過ぎた――かもしれない。
瀬那はモン太や三兄弟や小結達に小突かれながらも、いつもの困った笑みを浮かべて照れながら頭をかいた。
先程の行為は正直、全神経を集中し意識的に無表情を心がけたので、もう既に精神力の殆どを使い切ってしまった気分だ。
今日またあんな事を、「誰も見ていないトコロで良いからやってみせろ」と言われたとしても、きっと絶対無理である。
「甘く見過ぎだったのは、まぁ鈴音の敗因だな」
十文字が苦笑気味に言った。かく言う彼等も正直、瀬那のそういった方面を甘く見ていた節はあったのだが、男として気持ちも判る。
あそこまで全面的にナメられ、挙句他愛無い口調で「意気地無し」などと言われれば、普段温厚な瀬那とて少しはカチンとくるだろう。相手が鈴音なら尚更である。
「まぁ、ね…。でもちょっとやり過ぎたかも。鈴音、怒ってたらどうしよう…」
休憩時間でのいつに無い男前な雰囲気はすっかり消え失せたいつもの気弱な瀬那に、仲良し一年生陣は呆れるべきか笑うべきか判断に困った。
「否…怒る、ってのは…まぁ、無ェんじゃねーか、多分」
妙に歯切れの悪い十文字の発言に、「えぇえ「多分」って何ーーー!?」とおののく瀬那は全く普通の、普段の瀬那だ。
やはり先程の瀬那は、余裕に見えてその実いっぱいいっぱいだったのだと思い、十文字はつい噴き出した。モン太や黒木や戸叶も瀬那の強がりはお見通しでニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべている。小結はよく判らないが、それでも皆似たような結論に達したのだろう。
顔では全く平静を装っておきながら、中身は普段と同じ、気弱で優しい瀬那だったのだ。瀬那の精一杯の強がりは功を奏し、あのお転婆娘が完全にやり込められてしまった。
しかしあの程度で「やり過ぎたかも」などと本気で思っているトコロが如何にも瀬那らしい。
「まーなぁ。ちょっとアレだな、鈴音はセナをナメてるトコあるよな」
瀬那の一の親友としての意見からして、二人の強弱関係は誰の眼から見ても明らかだった。普段押されに押される瀬那と、ガンガン押して押して押しまくっている鈴音は、傍から見ている分には微笑ましくて可愛らしくて、ちょっと瀬那が情けない。
それをネタにからかっている自分達は一度棚上げしておいて、こんな事を言うのもアレだが。
「うーん…、ちょっとね、カチンときちゃって。…クリスマスボウル、意識し過ぎて最近攻撃的になっちゃってるのかなぁ…」
「俺だってMAX意識してるって!」
「はは、『絶対!」
「クリスマスボウル!!』――だもんな!」
瀬那とモン太は一年生陣の中でも殊更仲が良い。性格は割と反対方向な気もするのだが、それ故に上手くかみ合っていると言うか。思考回路のレベルが同等なのも理由の一つだろうが、どっちかが一言何か言えば、合いの手のようにすぐさま片方が反応する。
同学年なのに弟のように微笑ましいと思うのは、十文字が精神的に大人びているからだろうか。
「意識してんのはお前等だけじゃねーぞ」
「俺だって意識してるぜ! クリスマスボウル!」
「そうだな。最近、マンガ読む時間も減ったしな」
「ふご!」
意識しているのは二人だけじゃ無いぞと、俺達の事も忘れてくれるなと、彼等は二人に言う。当たり前のように頷く瀬那の表情は、情けない笑みでは無く、試合中と同じ顔。先程鈴音に見せたのと同じくらい強い眼に宿るのは、苛められっ子には絶対無理な光だ。
「――勝つんだ。蛭魔さんと栗田さんと武蔵さんと雪さんと、まもり姉ちゃんと鈴音も一緒に、クリスマスボウルに行くんだ!」
その、強さと優しさは瀬那の財産だ。本人では気付いていないが、第三者の眼で見れば瀬那が『男の子』では無く、半分『男』の領域に達しているかよく判る。
何故それがまもりや鈴音にはよく判らないのか。――客観的な眼で瀬那の事を見れないからに他ならない。まもりは自他共に認める瀬那の姉貴分だったし、鈴音に至っては…気になる少年、な訳で。客観的に見ろと言うのは些か難しいかもしれない。
「それにしてもさっきは驚いたぜ。…セナ、お前いつの間にあんな手管覚えたんだよ」
モン太がニヤニヤして突けば、瀬那は少しよろけながらも困ったような笑みを浮かべた。
「いや~…覚えたって言うか…。行動自体は、鈴音が挑発してきたから受けて立ってみただけで。反撃、には今のトコロ少しやり過ぎたかな? でも、何かあの赤いポッキー、食べるのは気が引ける色だったし…」
「……まぁ、あれはなぁ…」
瀬那の言葉に、一年生陣は揃って赤いポッキーを思い出して溜め息を吐いた。見た目だけなら赤さが美しく可愛らしい菓子だった。赤はデビルバッツの色でもあるから、本来ならばチームカラーとして嬉しい色のハズなのだが。
何と無くあの赤さが恐ろしい。草食動物系の瀬那はこういう直感がずば抜けていて、しかも自分の直感を信じるお陰で危機を回避出来るのだ。
その瀬那が直感的に「あのお菓子はヤバい」と判断したのなら、多分間違い無いだろう。
しかしあの行動を「今のトコロまだ」と言う時点で、先程の「やり過ぎたかも」と言う意見と少しズレているような気がする。
鈴音の悪戯と、それに逆襲した瀬那の悪戯のレベルに差異があったという意味だろうか。「まだ」とは瀬那の『男』としての本音で、「やり過ぎた」と言うのは鈴音のレベルに合わせた悪戯を返せなかったという、優しい『男の子』としての意見…かもしれない。
「それに、流石にあんなにナメられると…。狼とまでは言わないけど、「せめて犬レベルには見て欲しいな」って。――僕に噛み付かれて、少しは警戒…してくれると有難いんだけど」
実際に瀬那が噛み付いたのはポッキーだが、厳密な意味で言えば鈴音の意識に噛み付いた。それにしても「犬」って、自分で言ってて虚しくないのだろうか。
そう十文字に指摘され、瀬那はキョトン、としてから不意に真顔になった。瀬那が真面目な表情をすると、まるで試合中の雰囲気が漂うので、結果的に十文字達も無意識に好戦的で真面目な気分になってしまう。
真剣な顔で、瀬那は一年生陣と言うより、まるで自分に言い聞かせるようにたった一言、芯の強い声で呟いた。
「――犬にだって、牙はあるんだ」
休憩後に軽く外周走りをし、クタクタの身体でグラウンドに到着した者から順に本日の部活動は解散となる。
ハードな練習をやっていきなり帰宅するより、少し軽く走って心臓の動きを徐々に緩やかにした方が身体に良いのと、少しでも走る事によりスタミナを付けると言う一石二鳥の蛭魔作戦である。だから距離は校舎一週分だし、走る速さは徒歩に近いくらいトロトロでも構わないので、仲良し一年生陣は走っているのかスキップなのか判らない程緩い速度で喋りながら走るのが常だ。
「練習量だけで言うなら、ウチの学校って県内でも上位の方かもね…」
「県内、どころじゃ無いかも…。…否、やっぱ余所は余所でもっと練習してるんだろうなぁ…」
部活動の時間も終わり、ヘトヘトになって部室へ向かいながら他愛無い会話。特に瀬那は日頃から走らされる練習メニューが多いので、足がガクガクしている。
部室に入れば鈴音が居た。内心「うわぁ、どうしよう…」と思い焦りつつ、瀬那以上に鈴音が狼狽えているのは眼に見えて判る。どうやら少しは『男』として意識してくれるようになったかもしれないと、瀬那は一先ずホッとした。
「…鈴音? ゴメンね、着替えるから少し出てて」
何か言いたそうな鈴音に先手で微笑んで、瀬那はユニフォームの紐を解きに掛かる。モン太など既に制服のズボンを穿こうとしているトコロだった。いつ見ても着替えるのが早い。それとも自分が遅いのだろうかと瀬那は思った。
鈴音が結局何も言わず出て行ってから、モン太が話し掛けてきた。
「元気無かったっつーか…牙見せた甲斐があったな、セナ!」
「んー、そうだね」
言いながらユニフォームから制服に着替える。ネクタイを締めた頃、どうして着替え終わるタイミングが判るのかいつも不思議だが部室に鈴音が戻ってきた。
しょっちゅう肌を見せたがる派手な兄が居るせいか、鈴音は男が着替えているのを見るのはどうも慣れているらしく、初めは瀬那達の方が着替えるのに戸惑う程だった。
「……セナ」
「ん?」
「てーい!」
「うわぁッ!?」
いきなり加速を付けた鈴音がタックル…もとい抱き着いてきたので、軽い瀬那は当然の如く倒れかけた。ガタンッ、と肩甲骨がロッカーに当たって痛い。
「鈴音ぁ!?」
滅茶苦茶焦る。何だこれは。一体何なんだ。仕返しか。仕返しなのか鈴音さん。
「ちょ、な、何!?」
「……」
狼狽える瀬那に抱き着いたまま、鈴音はジッと瀬那を見た。寧ろその眼差しは「観察」と言って良い程で、周りは何と無く察したが瀬那はそれどころでは無い。
「……セナ、普通?」
「えっ!? 何が!?」
瀬那の疑問にはスルーの方向で、鈴音はホッと溜め息を吐いた。それはどこからどう見ても、安堵の溜め息だった。
いきなり、あんな。
多少ナメて見ていた事は、この際認める。瀬那が心優しい少年で、初心だからこそ鈴音は安心出来た。その一方で、瀬那が純情だからこそ「私から押さないと駄目よね」等と思っていた。
部員が帰ってくるまでの部室でグルグル先程の事ばかり考えて、気が滅入りそうになり慌てて首を振る。いっそ部室が芸術的なまでに汚ければ気を紛らわせる為に掃除でもする気になれたのだが、残念ながら綺麗好きのマネージャーがいつも完璧に掃除しているのでその必要も無く。
ランニングから帰って来た瀬那が着替えるのを待って、意を決して思い切り抱き付いてみたのは、瀬那の反応を見る為だった。
すると、瀬那の態度はいつも通り。照れて焦って慌てて困る。すっかり純情ないつもの瀬那に戻っていた。それにホッとして廻した腕を強くしようとして気付く。
――「いつもの」?
じゃあ、あの時のは? さっきのはニセモノの小早川瀬那だとでも言うのか。――そんな訳が無い。あの時の彼も正真正銘、間違い無く小早川瀬那だ。
ただ――鈴音が調子に乗り過ぎたから。「ちょっとオイタが過ぎるよ」と、釘を刺すように噛み付いてみせただけなのだ。これが他の男だったら先ずあの程度では済まされなかったかもしれない。優しくも容赦の無い瀬那だからこそわざわざ注進してくれたのだ――あまり男の子をからかうモノでは無いのだと。あまり男を挑発するモノでは無いのだと。
自分がどうなるのかの覚悟もしないで、迂闊に異性を軽く見てはいけないよ、と。
瀬那の走る様はまるで弾丸だ。作戦という名の引き金を引くのは金髪の司令塔。その銃口から飛び出す紅い一閃はとてつも無い速さでフィールドを蹂躙する。
その弾丸は普段気弱で優しいのに、試合中ではある意味一番攻撃的かもしれない。常人には到底追い着けないそのスピードは、敵の戦意を削ぎ落とすには充分な程圧倒的で絶対的な力。その強引な軌道修正や爆発的な速さは、傍から見てもいっそ無慈悲な程。
その――男なら誰でも持っている戦う本能を、瀬那だって持っていると試合をいつも見ている自分が知らないハズが無かったのに。
――ゴメンなさい、ちゃんと反省したよ。瀬那だって本当はあんな事、慣れていないのに恥ずかしい思いまでして教えてくれて有難う。
そういう想いで、少し力を込めてしがみ付いてからゆっくり離す。すっかり硬直してしまった瀬那の顔はやはり面白い程紅くて、鈴音はそんなエースに改めて笑顔を向けた。
セナと鈴音。またもやお題に沿うているのかどうか自分でも謎。まだまだ発展途上な初々しいオコサマ二人。
普段は鈴音の方が押せ押せでセナは受身でたじたじなんだろうけれど、根っこの部分ではセナの方が大人なんじゃないかなぁ。優しい男の子が、いつか優しいだけじゃ無い男だと鈴音は思い知る日がきっと来るよな。
そう思ってお題は
セーブ。頑張れ女の子。そしてやっぱり頑張れ男の子(笑)。
この二人の関係が焦れったくて可愛くて大好き。クリスマスボウルに青春掛けてるデビルバッツが大好き!
この漫画はどの学校のキャラもそれぞれ凄く魅力的で、どの学校も必ず一人二人は好きなキャラ、好きなカプがあります。ノーマルBL問わず。
それ抜きにしても、純粋にスポーツ漫画としてのクオリティも滅茶苦茶高いよなぁ、と思う。
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