木枯らし吹き荒ぶ、師走の月。
「ふ、わあぁあ~……」
大きく開いた口を申し訳程度に片手で隠しつつ、それでも気の抜けたような欠伸。
講義が終わって、初老の講師は教材を手に教壇から降りて教室続きの隣の部屋――彼の研究室へ向かう。残された広い教室の黒板にはびっしりと白いチョークの書き文字が。欠伸をもう一度して、まつりは書ききれなかった部分を消される前に書き写した。
大学では基本的に日直なんてモノは存在しないし、教室は生徒の為じゃ無く教師の為にある。黒板は講師自ら綺麗にする。学生は受ける授業によって教室を移動する。高校までなら、教師の方が移動していたが。
かの講師は、一度自分の研究室へ引っ込んだが、描き写しや雑談を終えた生徒があらかた退散したら自分で黒板を綺麗にする。優しい先生だと皆言っている。まつりもその通りだと思う。中には、まだ書き切れていない内から黒板をまめに消しては新たに書くという、とんでもなく書く量が多く、また書くのが速い講師も居るのだ。まつりは愛用しているメーカーのルーズリーフに全て書き写した事を確認し、「よし」と満足げに頷く。
高校生まではノートを使っていたが、まつり達より一足早く大学に入った先輩の会長こと志摩逍遥や庵野女史が、大学ではレポート用紙やルーズリーフを主に活用していると知った時、何となく憧れめいたモノを抱いてしまった。たかだかルーズリーフなのだが、何だかひどく大人びて見えたのだ。実際、ルーズリーフに慣れた今では便利だと思う。ノートのように枚数が決まっていないし、途中から挟み込めるし、ふせんやインデックスを巧く使えばファイル一冊に全て納めてしまえる。それは横着だけど、まつりのノートを見たがるモノ好きなど居ないのだから、自分の好きなようにカスタマイズしたって全然OKな訳で。
消しカスを軽く手で払ってから、赤地に白で小鳥が描かれたリングファイルにキチンと綴じる。ファイルも同じメーカーからで、そのカラーバランスと隅に描かれた小鳥のシンプルな可愛らしさが気に入って、高校三年の自由登校期間――つまり大学の入学準備の時に思わず買ってしまったモノ。本当はルーズリーフもファイルも百円均一で無難に買い揃える予定だったのに、一目惚れはこれだから困ってしまう。でもこうして、凄く愛用しているのだから何も問題ないけれど。
テキストとファイルとペンケースをデニム地のバッグにしまって、まつりは席を立つ。まだ何人かが談笑したり書き写したりしているのを脇目に、トントンと緩やかな階段を下りて広い教室を出た。腕時計をチェックする。次の時間は休講。
まつりの腕時計はエンジェルハートのラブスウィングリプル、というヤツ、らしい。大学の入学祝いにと、恋人がキチンと箱付きのそれをプレゼントしてくれた。
まつりは今まで、ブランドの箱に入ってるようなちゃんとした良い時計なんて身に付けた事が無かった。「エンジェルハート」というブランド名、ほのかに淡いピンクの輝きを誇る文字盤、真紅のリストバンドとそれに映える銀の瀟洒なデザインなどなど…何もかもが愛らし過ぎて正直、自分には似合ってないと思いはすれど、恋人曰く、「まつりはオレの可愛いヒトなんだから、可愛い時計してたって全然おかしくないじゃん」との事。……屁理屈だ。
その一言に照れが走って思わず上目遣いに睨みつけたら、彼は唇を舐め「可愛い顔して…ねだってんのか?」とからかい混じりに問いながら、まだ春の気配が薄い弥生の頃、まつりの頤にそっと手をかけたのだった。
今思い出しても恥ずかしい。大体、今自分が一限の時点で既にこんなに眠いのも、原因は昨夜のランにあるのだ。何でもかんでもすぐ「まつりが可愛いから悪い」と言いがかりを付け責任転嫁する恋人に、ほんの少し恨めしい気持ちになって頬を膨らませる。ねだってないもん、ランが勝手にそう解釈しただけでしょ、と。随分寒い廊下で独り、顔を赤くして突っ立っているまつりは傍から見ても明らかに変だろう。
三限の講義までの一時間半の間に、食堂で来週提出予定のレポートを仕上げる事にする。
途中で掲示板を見ると、横のカレンダーに眼が行った。明後日が祝日だと気付き、一日休講なのだと思い出す。じゃあ明後日は寝坊出来るぞ、と少しだけ浮かれつつ食堂へ向かうと、まだ昼食には若干早い時間だからか、ちらほらブランチを楽しんでいる学生が数人居るくらいで、ガランと空いていた。あまりに五月蠅いようならば図書室へ行くが、これくらいの雑然さだったら寧ろ丁度良い。まつりはあまりに静かな場所だと、かえって集中出来ないのだ。適度に賑わっていて、でも決して喧騒では無く。アイドルタイムのファミレスやファーストフード店なんかが、モロ好み。
まつりはほんの少し逡巡してから、自販機で小さいホットレモンティーのペットボトルを購入すると、一番日当たりの良さそうな窓際のテーブルに陣取った。早速キャップを開けて、熱いレモンティーを一口嚥下する。
爽やかな甘みが広がって、一口のつもりがもう二口。キャップを閉めてバッグからレポートパッドを取り出す。下敷きを挟んだままなので、開くのは容易だった。
ごそごそとペンケースから高校のころからずっと前線を譲らないシャープを取り出して、借りっぱなしの参考資料を見ながら書き掛けの紙面にシャープを繰り出した。
書き掛けのレポートを出来れば済ませて後顧の憂いを断っておきたかったのだが、残念ながら三限までに間に合わなかった。お腹が空いて途中でランチを摂ったら睡魔も襲ってくるし、窓からの冬の陽気は眩しいし。続きは帰ってからにする。
丸写しじゃレポートの意味が無い。ちゃんと自分の考察も絡めた上で書くから課題でありレポートなのだ。まつりは参考資料を丁寧に読みながら自分の考えも細かく纏め、それを出来るだけ簡潔に書きたくて苦労している。こんな時、「会長や庵野さんだったらなぁ…」とまつりは途方も無い事を思ったが、持っているスペックが違うのだからどうしようも無い。
レモンティーは元々小さめのペットボトルだったので全て飲んでしまった。教材をバッグに放り込み、今度の講義の教室へ向かった。
ケータイをマナーにしっぱなしだった事を思い出し、授業が始まる前に手早く確認。着信もメールも無し。あったとしても、メールならともかく今から連絡するのはちょっと厳しいだろうから、無くて良かった。
三限の講義も時折うつらうつらしながらもそれでも一応それなりにちゃんと拝聴し、やっぱり書き写せなかった分を慌てて書いて、四限は無いから今日はこれでおしまい。
ケータイのマナーモードを切り替えて、通常に戻す。今日は寒いから鍋とかどうかな。昆布も鰹節も確かまだあった、ハズ。白ネギ、白菜、椎茸、豆腐…。
買うモノを頭の中でリストアップ。メモ帳か何かに書き留めておいたら忘れないけれど、生憎手持ちに買い物用のメモ帳は、今無いのだ。この間の買い物でページを使いきってしまって、未だに買ってないだけなのだが。
「新しいメモ帳も…ついでにどっかで買おうかなぁ?」
百円均一は今日広告が入ってたスーパーとは逆方向。値引きシールが貼られる時間帯に間に合わせようと思ったら、寄り道なんて出来ないし。結局今日もメモ帳は買えずじまい。
キャンパス内にも購買はあるけれど、思ったようなメモ帳が置いてなかったので断念している。しかも購買やコンビニは何だか高価い、ような気がする。たかが買い物用、されど使い勝手はやっぱり良い方が楽な訳で。まつりの手にスッポリ納まる手頃な大きさのステノパッド、あれがまつり的にベストなのだ。ランの手にも丁度良いサイズ。
高校卒業と同時に恋人と同棲だなんて、はしたないかもしれないけれど、だってずっと一緒に居たかった。二人で決めて、一緒に暮らせるよう、バイト探して。遊びの為のお小遣い稼ぎじゃ無い、二人で幸せになる為のバイトだから、ちゃんと親にも話して説得して、その上で働いた。だから今同棲してられるのは、親の脛齧ってるからじゃない。大学の学費は、親に出して貰っているけれど、それ以外は全てランとまつり、二人で賄っている。
買い物なんてほぼ毎日しているから、メモ帳も食費もすぐ無くなっていくけれど。バイトは続けているし、毎日が充実している。愛するヒトと一緒に生きる生活は、ささやかだろうが贅沢だろうが、限りなく幸せで。
メモ帳は明日、と頭の中のリストの一番下に書き加え、まつりは腕時計を見てからケータイを取り出す。鍋の材料を買ってダシ汁を作るくらいの時間はありそうだ。その後にバイトが入っているから、帰りは夜の十時以降になる。それは当然、一緒に暮らしている彼も知っているけれど。
『夕飯は鍋にしようと思ってるの。買い物とダシ汁はやっておくから、野菜を下茹でするのを任せても良い?』
恋人は、今日の講義は四限までみっちりだったハズ。一応、ちゃんとお互いの時間割は把握しているのだ。スーパーに向かって歩き出して三分後。メール着信に設定したメロディー。
『OK。ついでに洗濯もやっておく。バイトが終わった頃、迎えに行く。』
……一人で帰れるのに、とまつりはケータイのディスプレイを見ながら、恋人の過保護に照れた。
スーパーではクリスマスの雰囲気が漂っていて、総菜コーナーにはローストチキンが売られていたり、パンのコーナーではケーキが予約出来たり。
まつりはクリスマスに浮かれながら、それでも頭の中は鍋一色だった。ついついチキンに手がいきそうになるのを、財布の中身を思い出しては「駄目よまつり!」と心の中で叱咤し、鍋の材料の他に卵や牛乳などもカゴに入れる。
「あら」
「え?」
「まつりちゃんですの~」
友人、新島栄だった。輝かんばかりの美貌はいつ見ても眩しい程で、その手がしっかと握り締めている買い物カートが庶民くさくて、いっそ似合わない。
彼女が恋人と一緒に居ないのは、何となく珍しい気がしてならない。美少女という形容が当て嵌まる彼女は、しかし高校時代からたった一人の男に今も真っ直ぐな愛を向けている。一途なまでの恋心は、たった一人のその男のみが受け取る権利を持ち、その男も彼女に向けて激しくも穏やかな情を示している。正真正銘の両想い。数多の男はふられ虫。
「どしたの? 栄も買い物?」
「今日は会長さんとディナーですのよ。ルンルン」
相変わらず顔だけじゃなくて言動も可愛い。嬉しさをちっとも隠す事なく、全身で表している。これだけの美少女にこれだけ素直に慕われて、かのヒトはさぞや男冥利に尽きる事だろう。
栄の思慕は強く真っ直ぐ揺るぎない。それはヒトによっては「重い」と思うかもしれないくらいの慕情だが、かのヒト――逍遥は泰然と受け止める。受け止めた上で尚、愛しているのだ。二人の恋はメガトン級に重いのかもしれないが、ツッコミ担当の埴谷先輩や庵野女史に言わせれば、まつりとランの恋など世界の存亡が掛かっていた程のレベルなので、どっちもどっちかもしれない。
「へー、会長と夕飯? ……えと、いずみは?」
「お泊まりですのさっ」
「お泊まりって…」
瞬間、彼女の彼氏、高井を思い浮かべてしまうまつり。かつての級友の、そういう情報(?)を他人の口から知ってしまうのは…プライベートな事なのにいずみゴメン! と何となくまつりは謝ってしまう。無邪気な栄は更に続けた。
「だから栄さんもお泊まりですのさっ」
「……ッ、」
またしても動揺してしまった。自分は恋人と同棲しておいて何だが、未だにあの会長とこの天然少女のそういう…普段見せている白砂糖みたいな恋人同士のそれとは一線を画しているであろう、もっと秘めやかで淫蕩な、あえて言うなら黒蜜のような。そういうのを全く想像出来ない。寧ろするのは失礼だろうが、それにしたって、やっぱり。
「お、お泊まり…」
「はいですさ。よく柿食う客なのです」
「それはお隣。……栄がお泊まり…ねぇ」
やっぱり自分のとこみたく、親公認だったりするの? なんて訊くのも野暮だ。そもそも、お付き合いしている期間はまつり達より栄の方がよっぽど長い。まつりは幸せいっぱいの友人を見て、純粋に自分まで嬉しくなってきた。――そーよね、誰だって好きなヒトとはずっと一緒に居たいもん。
その欲求に従って、ずっと一緒に居たいから、まつりはランと同棲している。
「美味しいモノ、作ってあげようね」
「勿論ですの」
二人して顔を見合わせ、ニッコリ微笑んだ。向かうは主婦の戦場、値引きシールが貼られる時刻に買い物のゴングが鳴り響く――タイムセールス。
「い、いいい行くわよ栄! 怯んじゃ負けよ…!」
「わ、わわわ判っていますよのさっ」
未だにタイムセールス時の主婦達の迫力が怖いまつり達。だけど愛するヒトの為、食材に掛けるお金は少しでも削りたい。恋する少女達の、切実な思いだった。
文字通り踏んだり蹴ったりなタイムセールス。鬼気迫る主婦達に狙っていた獲物を掠め取られたり髪を引っ張られたり足を踏まれたり押し出されたり。栄はせっかく長くて綺麗な髪をしているのに、レジに並ぶ頃には可哀想な頭になっていた。そこまで頑張ったのに戦利品がサンマ二匹入り一パックだけだなんて切ない。
まつりも頑張った割には大したモノが手に取れず、惨敗とはいかずとも似たり寄ったりな結果だ。明日こそ! と決意するが、百戦錬磨の主婦達に勝つにはまだまだで。
「栄はサンマだけかぁ…残念だったね」
「サンマさん、美味しそうだから良いんですの」
「大根は?」
「勿論。ちゃんとスダチも買いましたよのさっ」
「抜かりなし?」
「ですのよ」
エコバッグにそれぞれ食料を詰めて、スーパーを出て連れ立って歩く。栄は進学しなかったから、こうして二人で歩くのは懐かしい。曲がり角でほんの少し名残惜しく別れ、身を斬るように寒い北風に逆らってアパートまで一直線。
アパートは小さいけれど新しめなお陰で綺麗。部屋に入っても吐く息は白く、ストーブを点ける。かじかむ手で食材を冷蔵庫に容れながら、戸棚から土鍋を取り出す。
鍋にすると決めた時、おでんにするか湯豆腐にするか迷って結局湯豆腐にした。肉も何とか一パック買えたから、しゃぶしゃぶも出来る。おでんはまた今度にしよう。
腕時計をいったん外して昆布を一枚取り出し、ハサミで切り込みを入れる。水一杯の土鍋に暫く放置。その間に風呂の残り湯を使って洗濯機を稼働。ついでに風呂掃除。水も溜め始める。今度は土鍋を火にかけた。小まめに風呂の水位を確認しに行きながら、材料を切る。トントントン、ザクザクザク。
大体切り終える頃に水も溜まって、風呂の蓋をする。土鍋を見ればそろそろ昆布を取り出して鰹節を入れる頃合いだった。ぐんにゃりした昆布と入れ替えに鰹節にバトンタッチ。
壁の時計を見ればそろそろランが帰ってくる時間。ちゃぶ台の上に『風呂の水だけ溜めたから、点火宜しく。』という旨だけ書いて判り易く真ん中にメモを置く。バイトの時間まで約四十分。ベランダに出て、朝干した分の洗濯物だけ取り込んだ。
ランにもバイトが入っているけれど、今日はまつりのシフトの方が長いのだ。だからバイトが終わって一度アパートに帰ってから迎えに来るつもりなのだろうが、別に夜道が危ないって程人通りの少ない道を歩く訳じゃ無し、心配しなくても良いのになぁ、とまつりは思う。
一枚一枚、まだ寒い部屋で洗濯物を畳みながら思う。嬉しいけれど、過保護だと思う。過保護だと思うけど、嬉しいと思う気持ちの方が強いから…だから困ってしまう。
全て畳み終える頃に、鰹節も程良くダシが出て、土鍋の湯は白ダシの色。土鍋の火を消し鰹節を取り出し捨てて、椎茸を放り込んで蓋をする。ダシ汁はこれで完成。後はランがやってくれるだろう、そろそろ出ないと本当に遅刻してしまう。
まつりは外していた腕時計を嵌め直し、バイト用のバッグを片手にアパートから飛び出した。
みっちりバイトして疲労感が募る。今夜は長風呂してやる! と心に決め、まつりは制服から私服に着替え、同じく着替えていた同僚に「お先に失礼しまーす」と言ってスタッフルームから出る。
その途端、タイミングを見計らったかのようにケータイが鳴った。やっぱり迎えに来たらしい。従業員用の裏出口を開ければ、思った通りジャケットを羽織った恋人が壁にもたれて白い息を吐いていた。
「ラン」
「お帰り」
「うん。…まだ、アパートじゃないけどね」
「オレのトコロに帰ってきたんだから別に間違っちゃいねーよ」
「……またそういう恥ずかしい事言う…」
ランは決してキザでは無いと思うのだが、偶にこんな事をケロッと言ってしまう。本人は恥ずかしい事を言っている自覚があるのか無いのか、本気かワザとか、よく判らない。
当たり前のようにまつりのバッグを持とうとするから、それに甘えて持ってもらった。レポートがまだ終わってないのは心残りだけど、今日は意外な場所で栄にも会えたし、比較的良い日だった。
「鍋の用意はー?」
「ちゃんとやってある」
「洗濯も?」
「ちゃんと干した。まつりのヒラヒラ下着もキチンと干させて頂きました」
「な、何言ってんのー!」
「否、別に下着くらい…。オレあんま興味無いし」
「そ、そうだけど」
ランにとって女性の下着なんて、取り立てて珍しくも何とも無い。それはまつりもよく知っている。知っているけども。
「お、お風呂は」
「三十分くらい前に焚いて出てきた」
「点けっぱなしって事? それって危ないんじゃ…」
「でもどうせ寄り道しないで真っ直ぐ帰るだろ? 丁度良いと思うけど」
ランは相変わらず大雑把だ。そこも好きだけど。
アパートに帰れば、ふんわり暖かい部屋に感動しながらマフラーとコートを外す。マフラーもコートもハンガーに吊るして、先に風呂を頂く事にした。だってせっかく焚いておいてくれたのだし。
芯まで浸かって少々のぼせつつ、用意の整った鍋を二人でつつく。しゃぶしゃぶにと買った肉はあっという間に無くなって、白ネギの甘さや豆腐の滑らかさを堪能した。
「食器洗っておくから、ラン入っておいでよー」
「そうする」
片付けた後、ガスの元栓をしっかりチェック。まつりは他人が思うより、しっかり者だったりする、一応。
ランはタオルを頭に引っ掛けながら出てきた。パジャマの襟元から覗く鎖骨を水滴が滑り落ち、片手でガシガシを拭く仕草は乱暴なのにどこか色気がある。まつりは見惚れてしまって、慌てて眼を逸らした。見惚れていたのがバレたら、恥ずかしいから。
けれど逸らすのが一瞬、遅かったらしい。ランにしっかりバレていたようで、ほんの少し意地悪い表情でニヤリと笑んだ。視線を逸らしたまつりは当然、そんなランの表情には気付かない。
逸らした先にあった日めくりカレンダーを見て、自然と立ち上がる。もうすぐ時計の針は零時に差し掛かろうとしているし後は寝るだけだから、今日の分は破いてしまおうと思っただけだ。
21と書かれた薄い一枚の端をつまみ、ビリッと横に薙いだまつりの細い手首を、後ろからほんの少し節くれだった手がスルリと這うように掴んだ。
「……ッ、」
もう片方のランの腕はそのまままつりの胴を緩く抱く。緊張にか、まつりの身体が僅か強張ったのを認め、まつりの髪に鼻先をうずめて、ほんのり染まった耳元へ唇を寄せると――……、
「さっき、何で眼ェ逸らした?」
「ッ…!」
耳に吐息が掛かる程近く囁けば、まつりが肩を竦めた。うなじまで薔薇色に上気して、その反応に気を良くする。まつりは本当に凄く可愛い、と背後から拘束しておいてランはほくそ笑む。そのまま、腹に廻した手をパジャマの裾から侵入させてみた。ちょっとした悪戯。
「だ、駄目…!」
慌てて悪戯する手を止めようともがく恋人。
「レポートまだ終わってないし、明日も一限から講義あるのっ!」
「はいはい。悪かった悪かった」
未練も無くパッと手を離す。元々、可愛い反応をする可愛いまつりを見たいが為の、些細な悪戯だったのだ。ランはあくまでそのつもりで、それ以上は期待していなかったのだ――が。
「…それで、明後日は一日休講」
小さな声。それでもハッキリ聴こえた。その後に「午後からバイトだけど、」ともごもご付け足したのさえ。
俯いた恋人の後ろ姿。ふわふわの髪から覗くうなじも耳も、今すぐ噛み付いてしまいたいくらい真っ赤で。
「―――――――。」
海老で鯛を釣ってしまった、とランは破かれてついさっき「今日」になったカレンダー22の数字を眼の前にしながら、丁度零時になった時計の音を遠くで聴きつつそう思った。
そんな訳で去年が会長×栄だったので、今年はランまつに挑戦してみまし、た…。
未来設定とかは、出来る限り逝生さんのに沿ってるつもりで(…)。
ランは進学してるのか否か、進学してたとしてもまつりと同じ大学なのか、そこが判らなかったので一先ず進学してる方向性にだけはしてみました。まつりを養う為に…!と、進学せず就職してたら済みません。
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